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2023年06月08日(木曜日)
(2023年3月下旬 鐘楼堂前にて)
来迎寺住職と縁のある方々と「人々の交流」をテーマに対談する企画記事です。
記念すべき第1回目は、来迎寺のマインドフルネス瞑想教室で講師をしていただいている千葉県香取市のスリランカ寺院「蘭華寺(らんかじ)」僧侶の「ヤタワラ・パンニャラーマ老師」です。
お坊さんになったきっかけや、スリランカと日本の仏教に対する考え方の違い、若者の悩みについての見解とブッタの教えなど、深いお話しがたくさん出てきました。
仏教に詳しくない方でもすっと心に入ってくる身近な話題も語られていますで、どうぞお気軽にお読みください。 前編と後編の2回にわけてお届けします。
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1) お坊さんになったきっかけは「子どもの頃の憧れ」 2) 若者が抱えている悩み。誰に相談すればいい? 3) スリランカ寺院「蘭華寺」建立ストーリー&来迎寺住職との縁
<住職> 「来迎寺」住職。日本スリランカ仏教センター蘭華寺(千葉県香取市)理事長。 <ヤタワラ・パンニャラーマ老師> 日本・スリランカ仏教センター「蘭華寺(らんかじ)」僧侶。来迎寺「マインドフルネス瞑想教室」講師。スリランカのキャンディ出身。 ウェブサイト「気づきの瞑想~マインドフルネス~」運営 https://y-pannarama.com
【住職】 本日はよろしくお願いいたします。まずはプロフィール的なところからお聞きしたいと思います。 どのようなきっかけで日本に来られたのか、僧侶としての活動とか、お坊さんになったきっかけをお話しいただければと思います。 【ヤタワラ・パンニャラーマ老師(以降の表記は、パンニャラーマ老師)】 はい。よろしくお願いいたします。 【住職】 お坊さんになろうと思ったきっかけは何ですか? 【パンニャラーマ老師】 きっかけは憧れですよね。子供の頃、私と同じ年齢のお坊さんたちが、その村のお寺に来て、地域の人たちと交流を深めていました。スリランカでは9歳から10歳でお坊さんになることができます。 【住職】 それだけお坊さんの姿が地域に浸透しているのですね。 【パンニャラーマ老師】 はい、もう憧れの存在です。
【住職】 日本では、お坊さんは各宗派の資格を取って職業として活動する人が多いのですが、スリランカではいかがでしょうか。 【パンニャラーマ老師】 スリランカではお坊さんはとても身近な存在です。街中で出会うこともあります。地域のお寺に所属するお坊さんは、人々と顔を合わせる機会が多く、毎週日曜日には学校があります。また、子どもの頃からお寺に通うことが多く、月に何度かお寺に行って拝んだり、イベントに参加したりする機会があります。人生の節目には、結婚式や子供の誕生、大学入学などでお寺を訪れ、お祈りしてもらうことも多いんです。
<パンニャラーマ老師>
【住職】 日本ではお坊さんになるためには資格が必要です。脱サラして僧侶になっている人もいるし、いろんな人生を踏まれて、いろんな思いの中で、出家してお坊さんになるとか。あとは、もう何か、社会が嫌になって、会社とか家庭とかでいろんなことあって、なんか半分人生嫌になって出家するっていう人もいますよね。社会から逃げるというわけではないですが、スリランカとはその辺が全然違うように感じます。 【パンニャラーマ老師】 日本ではやっぱりなんていうか、お坊さんやお寺と、地域の人々の接触が短いように思います。それが一番大きな違いだと思います。スリランカでは学校で授業があるんです。仏教が科目としてあるんです。高校受験や大学受験で試験も行います。 【住職】 仏教の授業や試験があるのですか? 【パンニャラーマ老師】 はい。大学入ったら仏教学を選ぶこともできます。 仏教学は日本でも大学入ったらありますよね?でもそれはお坊さんだけでしょうか? 【住職】 日本では、仏教系の大学とかなら授業や試験がありますけど、日本では普通の学校で仏教を教えるとかまずあり得ないですね。 【パンニャラーマ老師】 ないですよね。道徳っていうことですよね。 【住職】 道徳という授業はあります。私が学生のときはありましたが、今はどうなんでしょうか。ただ、特定の宗教を学校で教えることはしないんですよね。日本は、宗教に過敏なところがありまして。 スリランカは仏教だけなので、キリスト教の授業はないですよね?
<来迎寺住職>
【パンニャラーマ老師】 あるんですよ。宗教の授業として、キリスト教やイスラム教を学びます。 【住職】 あるんですか!?なるほど、その辺はやっぱり違いますね。だからスリランカの人たちは子供の頃から、お坊さんになりたいと思うんでしょうね。 【パンニャラーマ老師】 そうですね。憧れとしてはそれなんですよね。私も子どもの頃から憧れがあって13歳でお坊さんになったのです。
【住職】 若者が悩みを抱えている場合、相談できる人がいないと悩んでしまいます。そのため、コミュニケーションの大切さや、自己と向き合うことの重要性など、アドバイスをいただけるとありがたいです。 【パンニャラーマ老師】 そうですね、悩み。悩みといえば「将来に対する不安」が大きなものですよね。そのため、自分自身で問題を解決することに迷ってしまいます。しかし、本当のところ、問題や自分に何かあった場合、1人で解決することはできません。 まずは、親に相談することが大切です。それから自分の兄弟に相談する。もし、家族にも相談できない場合は、自分が仲良くしている友人に相談するのが一番です。それでもなお心配な場合は、お寺に相談することもできます。 【住職】 まずは身近な人や、自分自身をよく知っている人に相談することが基本なのですね。
【パンニャラーマ老師】 親という存在は、自分自身にとって最も大切な存在です。仏教の教えでも、特別な名前があります。それが「マタ・ピタ」というパーリ語の言葉で、「初めての先生」という意味があります。 保育園に入る前から学校に入る前までは、全ての子供たちは親のことを見て、その行動をまねて学んでいます。そのため、親は友人であると同時に、最も身近で親しい存在でもあります。 仏教の教えによれば、親の存在は非常に重要です。釈迦も自身のお父さんが病気になり、最期は自分の手の上で亡くなりました。そのため、親を目標としながら、その手の上で最期を看取ったといいます。 仏教には、様々な経典があり、六道輪廻のスッタ(お経)など、その規模もさまざまです。また、スリランカでは親が拝むお経もあります。
【住職】 スッタ(お経)には様々な種類がありますね。スリランカでは親が拝むお経があるということでしたね。 【パンニャラーマ老師】 そうです。スッタには色々な種類があり、いろいろな立場の人が読むお経があるんです。 【住職】 それはスリランカでは皆さんが知っていることなのでしょうか? 【パンニャラーマ老師】 ほとんどの人は知っていると思います。 【住職】 そうですか。お経は特別な法要などだけではなく、日常の様々なシーンで読まれているということですね。 【パンニャラーマ老師】 はい、そうです。朝出かけるときや学校に行くときには、短いお経を唱えて拝んでから家を出ることが一般的です。親はいつでも子供の味方であり、子供が結婚しても自分の子供として、最後には「アンマ!」という呼びかけが一般的です。 【住職】 「アンマ!」というのは「お母さん」という意味でしたよね? 【パンニャラーマ老師】 そうです。笑いが起こりますが、本当にそのように呼びかけるのです。
【住職】 悩むときに相談する相手には、日本とスリランカでは違いがあるとおっしゃいましたね。 【パンニャラーマ老師】 そうです。スリランカでは、親に相談できない場合は、学校の先生や目上の人、村の人、友達、最後にはお坊さんと相談することが一般的です。 【住職】 身近な相談相手がたくさんいるということですね。
【パンニャラーマ老師】 そうです。親や兄弟にも相談できないような問題がある場合でも、他の相談先があるのが特徴です。 日本とスリランカの最大の違いは「話し合い相手がいるか、いないか」ということです。仏教は人生のガイドラインとして教えられており、小さい頃から人生は4段階に分かれることが教えられています。 少年期、若年期、中年期、晩年期の4つの時期を楽しく、悩まずに過ごすための方法が教えられています。私自身がそのことを教えているわけですが、ブッタの教えにはどんな問題にも答えがあるんです。 ブッタの教えはどういうものでしょうか。現在の仏教は、仏教の国だけでなく、他の宗教の国でも学ぶ人が増えています。そのため、マインドフルネス(瞑想)という言葉も広く使われるようになりました。
【住職】 お話をお聞きしながら、私はこれまでもそう感じていたのですが、スリランカの仏教は本当に日常生活に根付いていますね。 残念ながら、日本では悩みの相談先としてお坊さんや寺院を訪れることはあまりないように思います。相談するとしたら、友人に相談することが一般的でしょう。親や兄弟、家族に相談する人もいるかもしれませんが、あまり多くはないのではないでしょうか。会社の同僚に相談することも少ないでしょう。学校の先生やお坊さんに相談することはほとんどないでしょうね。
そういう点から、今回のお話を聞いて、改めてお寺やお坊さんが身近な存在であることを感じました。仏教は本当に人生の指針になるものだと思います。仏教は生き方そのものですね。 日本では、仏教は宗教の一つとして捉えられがちですが、現実は法事やお葬式などの行事だけの存在になっています。普通の人たちが仏教を学び、生き方として取り入れることはあまりないでしょう。 そのため、マインドフルネスや瞑想といった仏教の実践方法が、仏教を実際の生活に落とし込むための手段になるかもしれません。改めてお話を聞いて、そう感じました。
【住職】 蘭華寺の歴史やストーリーについてざっくりとお聞きしたいと思います。日本にお越しになった経緯についてもお話しいただけますか? 【パンニャラーマ老師】 はい。私が日本に来たのは40年前になります。当時、日本にスリランカのお寺がなかったため、私の先生(蘭華寺管長:バーナガラ・ウパティッサ老師)の縁により、スリランカから呼ばれてお寺を建てることになりました。 先生は日本語を学び、日本の文化や影響力を学ぶために日本に滞在していました。スリランカにはイスラム教の国を除く、ほとんどの国にスリランカのお寺がありました。しかし、当時の日本には存在しませんでした。そこで、私たちは江戸川で家を借り、日本で最初のスリランカのお寺を建てることにしました。
【住職】 江戸川が日本でのスリランカのお寺の始まりであったということですね。 【パンニャラーマ老師】 はい、そうです。私が日本に来たのは1年後で、その後お寺は東小岩に移りました。私はその後3年間、東京に滞在しました。そして、佐原に移り住んでから、蘭華寺は正式に宗教法人として認定されました。 【住職】 蘭華寺は日本で初めてスリランカのお寺として宗教法人になったそうですね。 【パンニャラーマ老師】 はい、そうです。蘭華寺は日本で初めての上座部仏教の寺院でもあります。 【住職】 それはすごいことですね。パンニャラーマさんと私の縁についても触れておきましょうか。 私が来迎寺に入った年に、千葉県内の浄土宗寺院住職の講習会が成田市で開催されることになりました。平成19年の秋でした。 それで、地元の寺院が講習会スタッフとなり、私は講義を担当したんです。 成田といえば空港もあって国際都市なので、国際的な内容がよいということで、地元の香取市にスリランカのお寺があるから相談しにいきなさいと先輩方に言われ蘭華寺にお伺いしたことでした。 その時に相談に応じていただいたのがパンニャラーマさんで、そのまま講習会の講師をお勤めいただき、その後もお付き合いさせていただいているというわけです。 【パンニャラーマ老師】 はい、よく覚えています。あの時に講師をさせていただいたことは、大変貴重な経験でした。 それまでも日本で長く活動していましたが、皆さんの前でお話しさせていただいたのはあの時が初めてなんです。貴重な経験でした。 本当にありがたいご縁だと感謝しています。 【住職】 私こそ、ご縁をいただきありがとうございます。 (後編へつづく)
(監修/来迎寺住職、取材・編集/Communication Smoothie)
■広報担当(取材・執筆者)
来迎寺の広報活動のお手伝いをしているコミュニケーションスムージーです。広報業務(情報発信)代行業、広告・宣伝物のデザイン業を行っています。
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